(2007/09/14 05:09)
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:2007:09/14/17:18 ++ 【正論】安倍首相辞任 杏林大学客員教授・田久保忠衛 日米関係再編の時期に入る
≪テロとの戦いからの脱落≫
一昨日、退陣を表明した安倍晋三首相は、刀折れ矢尽きたといった風情を漂わせていた。いわゆる永田町の常識に従って安倍政権の功罪を論じるつもりはさらさらない。が、国際的な観点から判断すると、日本が再び「戦後体制」に沈み込んでいくありさまは、見るに堪えないほど悲惨である。
首相が政治家として最も重要な出処進退を決めた直接的な理由は、海上自衛隊のインド洋における活動を定めたテロ対策特別措置法の延長に民主党の小沢一郎代表が反対し、その説得に自信を持てなくなったことだろう。「一身を抛(なげう)つ覚悟だった」と述べた首相の心境は痛いほどよくわかる。テロとの戦いを日米関係の観点からだけ論じてきた一般の風潮に私は最初から反対してきた。国際テロリストによる攻撃は民主主義体制そのものに対する不敵な挑戦であり、同じ価値観を共有する国々がアフガニスタンやイラクで戦っているのだ。日本がそこから脱落することは何を意味するか。小沢代表がシーファー駐日米大使を呼びつけたり、首相が提案した党首会談を昂然と拒否しているかのような様子をテレビで見て、私は国際連盟を脱退したときの松岡洋右外相を連想した。
≪日米同盟にどう影響する≫
日米同盟への影響も甚大だと思う。米国の軍事力にどっぷり浸ったままの異常を常態と信じている日本人にとって、インド洋から自衛隊の艦船が引き揚げてくる意味は軽いものなのだろうか。およそ同盟には3つの要件がいる。「共通の敵」の存在、価値観の共有、経済摩擦が比較的少ないこと-である。このうち必要不可欠なのは「共通の敵」だ。国際テロリストへの戦いで共闘しているはずの日本が手を引いたあと、一般の米国人はどのような感情を抱くであろうか。いささか空想めくが、私が中国の最高指導者であれば、中国海軍のありたけをインド洋に回し、協力を申し出るほか、アフガニスタンへ戦闘部隊を派遣する。日米関係に楔(くさび)を打ち込むことなどはいとも容易ではないか。米国の世論は一夜にして変わる。
安倍退陣は日米関係再編の時機到来を意味すると考える。平気で事実を誤認したままのいわゆる従軍慰安婦非難決議がこともあろうに米下院本会議で可決された。米国を信頼してきた日本の親米派に一種の嫌米感情が生まれ、反米の立場を貫いてきた人々は小躍りした。当地の米大使はこんな決議に大騒ぎする日本人はどうかしているといった発言をしている。米国の対北朝鮮政策は今年に入ってから急転回した。テロ支援国家指定の解除はしてくれるなと日本側が頼み、米国は北朝鮮のこれからの態度いかんだと答えているが、解除は初期段階にとるべき措置として2月の合意で盛り込み済みではないか。北をめぐる日米の距離は離れることはあっても縮まることはあるまい。日米間の危機に安全弁の役を果たしてきたアーミテージ元国務副長官はニュース漏洩事件に関連して米国内の発言権を失った。
≪「普通の国」唱えた小沢氏≫
憲法改正を大目標にした「戦後レジームからの脱却」は国際社会で日本が独り立ちする宣言でもあったが、その灯火は消えなんとしている。敗戦で食うや食わずの状況にたたき込まれたわれわれが実現しようとした経済大国の地位はとうに達成した。米国に惰性的なまでに安全保障を依存すれば、緊張感は去る。吉田茂首相は口にしたこともないのに、ひたすら経済繁栄を求める路線を「吉田ドクトリン」と称して美化し、自らを「ハンディキャップ国家」と名付けて金銭だけの国際貢献以外はしないなどと公言する政府高官が登場する。近隣諸国に揉み手でのぞむ「チャイナ・スクール」といわれる外交官たちもついこの間までわが世の春を謳歌(おうか)してきた。
1991年の湾岸戦争で自民党の幹事長だった小沢一郎氏は日本が限られた国際貢献しかできない異常な国である辱めを身をもって体験したはずだ。だからこそ数年後に「普通の国」を提唱したのであろう。その小沢氏が「日本国憲法の下で、どんな活動が許されるのか。米軍の活動を自衛隊が支援するのは明白な集団的自衛権の行使だ」と声を張り上げた。「普通の国」を唱えた同一人物の発言であろうか。これでは憲法体制の下で「戦後レジーム」を続け、国際貢献を拒否する十数年前の日本への逆もどりではないか。
迫り来る国際情勢の危機に直面して開港の松明(たいまつ)を掲げた安倍首相と、真意はともかく言葉の上では鎖国を志向しているとしか思えない小沢氏の本当の勝負がついたとは全く考えない。(たくぼ ただえ)
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