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:2009:05/12/09:26 ++ 小沢民主代表が辞任―小沢神話に決別を
過去二十年近くにわたり、日本の政治は善きにつけあしきにつけ「小沢か、反小沢か」の二者択一によって決まってきた。今回の民主党代表辞任で、小沢一郎氏の時代が本当に終わるのかどうかは分からない。が、もう潮時だ。民主党の次期代表は「小沢後」の理念、理想を世に示し、来るべき衆院選に臨む責任がある。
三月初めに小沢氏の公設第一秘書が逮捕されて以降、政界の時間はいらだたしいほど緩やかに流れた。責任を問う民主党内の声も散発的なら、本来、小沢氏を追及する側の自民党も喜々として敵失を傍観した。
秘書逮捕の理由が政治資金規正法違反というスローボールだったことも一因だろう。類似の疑いがもたれた他の議員に比べ、確かに金額はけた外れに大きく、何よりも献金システムそのものが「小沢事務所製」とみられた。
ただ、贈収賄や談合あっせんといった政治家絡みの定番事案ではないこともあって、小沢氏本人にまで波及するのかどうか、与野党ともにかたずを飲んで見守っていたのが実情だ。
民主党の党内事情もある。様々な理由で「自民党ではない」ことを選んだ議員の集団は、よくいえば多様性に富むが、一歩誤ればバラバラになりかねない。これをひとまず束ね、政権交代が視野に入る場所までもってきたのは、選挙にも政局にもすご腕をもつとする小沢神話にほかならない。
実際、一九五五年体制時代の有力政治家が次々と世を去り、あるいは引退する中で、小沢氏ひとりがいまだにパワーゲームの中心にいる。自民党幹事長として衆院選を勝利に導いたころ、オバマ米大統領はまだ大学院の学生だった。
小沢氏への反発に端を発して自民党は分裂し、政界は再編期に突入する。与党にいても野党にいても、誰もが小沢氏の動静に注目した。衆院の小選挙区制も、国連中心の集団的安全保障も、地方分権も、税制改革も、小沢氏の手法は政策提起型権力闘争のモデルだったといっていい。
それでも、もう二十年である。この間、日本はバブル経済崩壊後の「失われた十年」を経験し、いままた世界同時不況の荒波に翻弄(ほんろう)されている。九〇年代初め、いち早く日本の構造改革を唱えたのは小沢氏だったが、すでに改革すべき社会・政治構造は疲弊しきってしまった。
にもかかわらず、小沢氏に代わる政局の軸がなかなか表れないのは、政治がふがいないからだ。民主党の新代表が誰になっても、なかなか小沢氏の影響力を払拭(ふっしょく)できそうにない。それでは有権者も納得しないだろう。たとえ、小沢氏を否定する言動であっても、恐れず独自色を出さなければ、世間は信用しない。
小沢氏が、なぜ代表辞任に追い込まれたのか、じっくりと考えてみる必要がある。与党が追い込んだわけではない。民主党自身が人心一新を実行したのでもない。世論の大半が小沢氏の続投に拒否反応を示したからである。
小沢氏には世論は移ろいやすいものだと映るだけかもしれない。そうではあるまい。危機にあたっても遅々として進まない昔ながらの政治が、まるごと拒まれているのである。
三月初めに小沢氏の公設第一秘書が逮捕されて以降、政界の時間はいらだたしいほど緩やかに流れた。責任を問う民主党内の声も散発的なら、本来、小沢氏を追及する側の自民党も喜々として敵失を傍観した。
秘書逮捕の理由が政治資金規正法違反というスローボールだったことも一因だろう。類似の疑いがもたれた他の議員に比べ、確かに金額はけた外れに大きく、何よりも献金システムそのものが「小沢事務所製」とみられた。
ただ、贈収賄や談合あっせんといった政治家絡みの定番事案ではないこともあって、小沢氏本人にまで波及するのかどうか、与野党ともにかたずを飲んで見守っていたのが実情だ。
民主党の党内事情もある。様々な理由で「自民党ではない」ことを選んだ議員の集団は、よくいえば多様性に富むが、一歩誤ればバラバラになりかねない。これをひとまず束ね、政権交代が視野に入る場所までもってきたのは、選挙にも政局にもすご腕をもつとする小沢神話にほかならない。
実際、一九五五年体制時代の有力政治家が次々と世を去り、あるいは引退する中で、小沢氏ひとりがいまだにパワーゲームの中心にいる。自民党幹事長として衆院選を勝利に導いたころ、オバマ米大統領はまだ大学院の学生だった。
小沢氏への反発に端を発して自民党は分裂し、政界は再編期に突入する。与党にいても野党にいても、誰もが小沢氏の動静に注目した。衆院の小選挙区制も、国連中心の集団的安全保障も、地方分権も、税制改革も、小沢氏の手法は政策提起型権力闘争のモデルだったといっていい。
それでも、もう二十年である。この間、日本はバブル経済崩壊後の「失われた十年」を経験し、いままた世界同時不況の荒波に翻弄(ほんろう)されている。九〇年代初め、いち早く日本の構造改革を唱えたのは小沢氏だったが、すでに改革すべき社会・政治構造は疲弊しきってしまった。
にもかかわらず、小沢氏に代わる政局の軸がなかなか表れないのは、政治がふがいないからだ。民主党の新代表が誰になっても、なかなか小沢氏の影響力を払拭(ふっしょく)できそうにない。それでは有権者も納得しないだろう。たとえ、小沢氏を否定する言動であっても、恐れず独自色を出さなければ、世間は信用しない。
小沢氏が、なぜ代表辞任に追い込まれたのか、じっくりと考えてみる必要がある。与党が追い込んだわけではない。民主党自身が人心一新を実行したのでもない。世論の大半が小沢氏の続投に拒否反応を示したからである。
小沢氏には世論は移ろいやすいものだと映るだけかもしれない。そうではあるまい。危機にあたっても遅々として進まない昔ながらの政治が、まるごと拒まれているのである。
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