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ひで坊な日々

主に私の仕事と信条に関わるメディアからの備忘録と私の日常生活から少し・・・                             
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:2007:12/11/09:54  ++  【やばいぞ日本】第5部 再生への処方箋(5)米に500万人の「日本びいき」

日常的に日本文化にふれ、興味を持ち、日本から刺激を受けている500万人の集団が、米国に生まれた。

 米国でのマンガ、アニメブームの仕掛け人といわれる堀淵清治(ほりぶちせいじ)さん(55)の見立てである。サンフランシスコのオフィスで、こう数字をあげて話し始めた。

 「SHONEN JUMP(少年ジャンプ、男子向けマンガ雑誌)が実売で月に20万~30万部出ている。SHOJO BEAT(少女ビート、女子向け)は約3万部だ。それが最低3、4人には回し読みされていることが、読者アンケートから明らかになっている。つまり、約100万人の米国人が、僕らを通して毎月、日本の文化に触れているわけだ」

 「むろん、僕ら以外にもマンガは出版されているし、ゲームや映画といった他の分野経由での日本への関心も大きくなっている。ざっとひっくるめて、日本びいきの500万人くらいの集団が、米国に生まれたと考えていい」

 彼ら彼女らは、少々変わり者かもしれない。だが、平均年齢15歳と若く、日本に理解と親近感を持ち、そしておそらくは知的にも柔軟な層である。「この500万人のかたまり。日本にとって宝物だと思う」

 1975年に渡米。現地の大学を中退し、山中のコミューンで共同生活を送るなど、筋金入りのヒッピーだった堀淵さん。堅苦しい議論は性に合わないという。本来はミュージシャン志望だった。

 86年、日本のマンガを米国で売るという、当時は奇想天外に思えた理想を掲げ、社員4人だけで発足したビズメディアは、今、年商90億円を売り上げるまでに成長した。これまでに手がけたタイトルは「カムイ外伝」「ポケモン」「うる星やつら」などだ。

 今や一般書店の売り場を「グラフィック・ノベル」、つまり日本発祥のマンガが占拠する時代である。

 全米最大のマンガ、アニメの祭典「サンディエゴ・コミコン」には今年約13万人が押し寄せた。いわゆる「アメリカン・オタク」は米社会に着実に定着しつつある。

 もっとも創業当時は、そんなブームが来るとは想像もしなかった。

 「経済の効率化と合理化だけで動く現代米国は、文化的にはもはや不毛の地だ。若者たちは文化に飢えている。そこに、日本のポップカルチャー(大衆に好まれる文化)がすっぽりとはまった」

 堀淵さんは、ブームの背景をこう分析する。

 ただし、堀淵さんは、自分自身を「オタク」とも、マンガの伝道師とも思ったことはない。

 「確かにアニメ、マンガはおもしろい。だけどもっとおもしろいのは、そういうものを作り出す総合体としての日本という存在でしょう」

                   ◇

 ■若者の文化的飢えを満たした

 「クール・ジャパン」などと、海外における日本のポップカルチャーへの熱狂が語られて久しい。

 だが一方で、それは特別なマニアに限られた熱狂を大写しに引き延ばしただけではないか、という懐疑も根強い。

 米国に出現した、日本びいきの「500万人のかたまり」。堀淵氏のいう、この集団について考えてみることは、もう少し正確に日本の存在感を測定するために役立つかもしれない。

 彼らはむろん、今の米社会の主流層ではない。マンガ、アニメといった文化自体が、「サブカルチャー」(社会の主流層ではない少数が担い手となる文化)として機能しているのは、米国でも変わりない。

 「“アメリカン・オタク”は日本と違って屈折していない、といわれるが、それは自分自身を自分がどう思っているかについての違いであって、周囲はやはり“ヘンな連中”とみている(笑)」

 とはいいながら、サブカルチャーに限ってみれば、日本の存在感は絶大だ、と堀淵氏はいう。

 「かつて米国はサブカルチャーの中心だった。それが効率化と合理化を追求する中で次第にその地位を失い、今や若者の欲求に応えるようなサブカルチャーが存在しない。だから、日本が受け入れられた」

 3億人に達する米国の総人口の中で、500万人といえば1・6%。この数字を多いと見るか、少ないと見るか。堀淵さんはいう。

 「産業としてみれば、この数字は微々たるものです。しかし、これからアメリカを背負っていく若い世代が、一部にしろ確実に、日本のおもしろさに触れている。それが、なにより重要だと思うんです」

 堀淵さんは最近、サンフランシスコ日本町に20億円の投資をもとに、最先端の日本文化を紹介する「J・POPセンター」を建設することを決めた。

 日本映画を上映するミニシアターや、東京のストリートファッションを紹介するブティック街が入る「日本のポップカルチャーの殿堂」となる予定だ。

 サンフランシスコの日本町は今ちょうど、再開発の波に洗われ、米資本が入り込む中で将来への不安も語られている。

 「J・POPセンター」の建設は、大きな希望を日系人社会に与えている。

 だが、堀淵さんは「恩返し」のつもりで日本町への進出を決めたわけではない。そもそもビズと地元日系社会とのかかわりはほとんどなかった。

 それに、日本の

先端文化を売り込むには、停滞が著しく古くさい印象を与える日本町のイメージはむしろマイナスかもしれなかった。

 だが、堀淵さんは日本町にこだわった。単にマンガやアニメを売りたいのではない。なんとかしてアメリカ人に、日本というものを伝えたい。ならば、その場所は日本町以外にない…。

 「ダウンタウンのおしゃれなスポットにあったんではだめです。J・POPこそ、日本町になければならなかった」

 会社設立から20年あまり。無我夢中で走ってきた時期を過ぎ、「ここに来て、自分のミッション(使命)が見えてきた」と思うようになった。

 日本の未来にとって重要な意味を持つ「500万人のかたまり」に水をやり、花を咲かせていくこと。元ヒッピー青年がたどり着いた、意外に地道な結論である。(松尾理也

このニュースの写真

「Jポップ」がちりばめられたサンフランシスコのオフィスで、「日本売り込み」を練る堀淵さん
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